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OPAMブログ

2021年5月29日 展覧会

佐藤雅晴 尾行―存在の不在/不在の存在 第4回

福島の「姿」思い起こす

たわいのないもの丁寧に描く

2017年10月、佐藤雅晴は東日本大震災と福島原発事故で不通になっていたJR常磐線富岡(福島県富岡町)―竜田(同県楢葉町)間が、約6年7カ月ぶりに運転を再開したことを報じる新聞記事を目にします。記事には、再開式で富岡町長が地域の復興に向けての期待を述べる様子や町民の喜びの声と共に、富岡駅のすぐ横に大量に積まれた除染に伴う土壌や廃棄物を詰め込んだ黒いフレコンバッグの様子が写されていました。このショッキングな情景を目にし、佐藤は福島の現状を自身の目で見、感じ、記録に残さなければと強く思います。そして、半年の間に数回現地を訪れ制作したのが「福島尾行」です。

実は、この「福島尾行」は未完の作品といわれています。それは、佐藤がこの作品を最低でも1年以上かけて、可能であれば、ライフワークのような形でじっくりと撮影して描くことを望んでいたのですが、それがかなわなかったからです。佐藤は、病気の進行から体力的に遠出することが難しくなるほか、片目がかすみ出し、トレース作業が困難になります。そして、18年9月に医師から余命3カ月の宣告を受け、自身に残された時間を知らされます。そのため、それまでに取材した映像を基に、何とか生きている間に編集を完了させようと取り組み、完成させたのです。

佐藤は、自然の猛威や原発事故によって姿を変えさせられてしまった福島の姿を記録に残すと共に、画面の中に人は映されていないけれども、そこにも、本来であれば、人々の姿や暮らしがあったことを私たちに思い起こさせようとしたのではないでしょうか。

最後に紹介するのが、遺作となった9点のアクリル画と1点のオブジェで構成される「死神先生」です。病気の進行により、活動を限らざるを得ない佐藤が制作の対象に選んだのは、家の中にある段ボール箱や玄関のチャイムなど、日々の生活の中で目にする、ある意味たわいのないものでした。佐藤は、それらのものにいとおしむようなまなざしを向け、久しぶりに子どもの頃から慣れ親しんだ絵筆と絵の具で丁寧に一筆一筆、描いていきました。

19年3月9日、「佐藤雅晴による個展『死神先生』」=KEN NAKAHASHI(東京)=が開催される中、佐藤雅晴は、家族に見守られ、静かに旅立っていきました。

国内外で精力的に作品を発表し、高い評価を受ける中、45歳の若さで惜しまれながら亡くなった佐藤雅晴の創作の全貌を紹介する大回顧展。ぜひ、会場でご鑑賞ください。

(県立美術館学芸企画課長 宇都宮壽)

=終わり=

▽企画展「佐藤雅晴 尾行―存在の不在/不在の存在」(大分合同新聞社など共催)は、大分市寿町の県立美術館で6月27日まで。
 観覧料は一般800円、大学・高校生500円。
 

佐藤雅晴 《福島尾行》(2018年)

佐藤雅晴 《福島尾行》(2018年)

「死神先生」シリーズ 《チャイム》(2018年)

「死神先生」シリーズ 《チャイム》(2018年)

「死神先生」シリーズ 《ダンボール箱》(2018年)

「死神先生」シリーズ 《ダンボール箱》(2018年)


大分合同新聞 令和3年5月29日(土)掲載
 

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