OPAMブログ

「アートも食も」 県立美術館長の大分ビーナス計画 その十二

寄稿 2016.12.10

先週2日にオープンした2016年の県立美術館(OPAM)渾身(こんしん)の企画展「オランダのモダン・デザイン リートフェルト/ブルーナ/ADO 遊ぶデザイン&暮らしのアート」。サブタイトルが示す通り、オランダの20世紀における「人間主義的なものづくり」を初めて本格的に大分に紹介しようという意欲満々なものだ。
元々は欧州が誇る歴史学者ヨハン・ホイジンガが、第2次世界大戦直前の緊迫の中で著した名著「ホモ・ルーデンス」(ラテン語で「遊ぶ人間」を意味する)がその発想の源にある。
オランダはナチス・ドイツから激しい攻撃を受けて苦しんだ。一説ではオランダからアウシュビッツなど東欧の強制収容所に連行されたユダヤ人数千人の中で、生還したのはたった数人であったと伝えられる。
ホイジンガは冷徹に、そしてユーモラスに人間の最も知的で創造的な活動としての「遊び」を歴史的に捉えて世に問うた。
新生県立美術館は大分の活性化のため、広瀬勝貞知事が言われるような「県民の憩いの場」として創設された。「心の遊び場」として、大いに使っていただきたいと願っている。
「遊び」は暇つぶしでは決してない。ぼんやりしたり、物思いにふけったり、友達としゃべったりと遊び方は人それぞれだ。自分だけの「極上の時間」を持つことである。
今回の展覧会は子どもや家族連れ、そして「子ども心に帰りたい」大人の皆さんのために企画されたものだ。世界の子どもを魅了し続ける、元祖芸術的キャラクターであるミッフィー(うさこちゃん)の生みの親ディック・ブルーナが登場している。
ミッフィーは昨今流行の「ゆるキャラ」や、決まり切ったイメージを押し付ける記号的キャラクターとは違う。人間のように感じ、生き生きと行動し、自分なりの「面白い」世界をつくりながら遊び、元気になって成長する。
そのビビッドな生命感あふれた線と、洗練されたデザイン、単純な原色を使った明快な色彩世界が、より一層見るものの気持ちを沸き立たせ、想像力をかき立てる。シンプルなものほど大胆に見る者を引き込み、主人公に同化させ、自分から演じさせるからだ。
ブラック・ベアと並び、その味のある変幻無類の表情が、誰にでも理解できる明快さを重んじるオランダならではの民主主義的な造形キャラクターとなり、世界に受け入れられたゆえんであろうか。
オープン3日目の日曜日には、リーフデ号の漂着した臼杵で、原色の造形でオランダの国民的な玩具ブランドになった「ADO=障害のある人々の仕事」の特別レクチャーを行った。
結核のサナトリウム(療養所)患者支援から始まったADOはトラクターや人形の家などがある。これも欧州一般の派手好みとは違う、「ゴテゴテした装飾を良しとしない」オランダ的シンプリシティーにあふれた名作群である。
臼杵の歴史ある市街を歩いて、とある古い寺の子院の中を見学し、その静かで穏やかな空間に座った。本展を一緒に監修し、学芸員たちをリードしてくれた工業デザイナーのライヤー・クラスがこう言った。
「日本とオランダは、鎖国時代に同じ海洋貿易国として交易したばかりではない。律儀なプロテスタントであるカルバン教徒のオランダ人が、真面目で繊細な日本人と気が合っただけでもない。そこには時空を超えた不思議な美意識の共通点がある。こういうシンプル極まりない日本の伝統的空間の静けさこそ、20世紀のオランダが新たに発見したものかもしれないのだ」


新見 隆(にいみ りゅう)
県立美術館長
武蔵野美術大学芸術文化学科教授

 大分合同新聞 平成28年12月10日朝刊掲載

© 2015 Oita Prefecture, All rights reserved.