文字のサイズ
色変更
白
黒
青

アトリウム・屋外展示作品

アトリウム・屋外展示作品

印刷用ページ

大分観光壁

「大分観光壁」-ミヤケマイによる、「セカイ平和ヨ、開ケ、鳩時計」
 

 1階アトリウムの西壁を演出するのは、現代作家に制作依頼した、「大分のための」、「大分の伝統が現代に甦る」をイメージした、「アート観光壁」である。
 日本の伝統的な、故事来歴や室礼に通じて、それらをポップで現代的な表現に再生する名手ミヤケマイが、「どこの家庭にもあって、平和と団欒のシンボルだった」鳩時計を、大分を中心に「セカイ地図」のような、大インスタレーションとして展開する。さらに、見えたり隠れたり刻刻変化する「大分大和絵巻」と、水をテーマにしたインタラクティヴな体験型のプール、大分伝統の切子灯籠が大きな依(よ)り代(しろ)となって新たな姿を現す。
 大分を、愛と平和の中心に据えた、まさしく「神話の再創造」である。

世界は届けい・セカイハトドケイ WORLD could be a safe place CLOCK 大分の中心で家内安全を叫ぶ
《世界は届けい・セカイハトドケイ WORLD could be a safe place CLOCK 大分の中心で家内安全を叫ぶ》 2015年 ミクスト・メディア
《世界は届けい・セカイハトドケイ WORLD could be a safe place CLOCK 大分の中心で家内安全を叫ぶ》 2015年 ミクスト・メディア

 全ての諍いの口火も世界平和の種も家にある。
 恋をしている時、家族が平穏無事に仲良く暮らしている時、快適な戻れる家がある時、世界中の人に親切に出来るように思うのが人情、つまりその逆もまたしかり。
 国家や世界のように、とてつもなく大きく感じるものも始めは小さな集団から始まる、人間社会の最小集団は家族又家から全ては始まる、何気なく毎日見ているリビングの時計に刻まれる、刻々と過ぎて行く時間は平和へのもしくは終焉への時限爆弾のようだ。
 鳩時計は家から平和の象徴の鳩が出て来る。
 この「世界は届けい・セカイハトドケイ-WORLD could be a safer place CLOCK/大分の中心で家内安全を叫ぶ」は、まず最も小さい家、もしくは会社、地域郷土などという単位からの平和(家内安全)を実行し、家に鳩(平和)を呼び戻そうというコンセプトに賛同してもらった人のサポートとコミットメントを物質化する作品です。

(ミヤケマイ、2015年)

 

制作協力

有限会社Uシステム、有限会社和巧、黒谷美術株式会社、ダイ・イトウ

言語協力

ロンドン、ニューヨーク  サバーナ ・ベイダー、ホーリー・ブラウン、ロザリンド・グルビン
パリ  ソフィア・カヴァリエロ、ジョアン・ラロウメック
アムステルダム  ジョアン・クレーマー、ライヤー・クラス、ゲア エリセ マリアン・バン デ ラゲマート
シンガポール  ユーシ・ハン、ベロニカ・ホウ
香港  ハロ・スタジオ、アンドレアス・ヤサラットニ、王嘉燕
アムステルダム・シンガポール・香港  立命館アジア太平洋大学

水府 覆水難収・フクスイオサメガタシ
《水府 覆水難収・フクスイオサメガタシ》 2015年  ミクスト・メディア
《水府 覆水難収・フクスイオサメガタシ》 2015年 ミクスト・メディア

 人体の90%は水である、我々胎児の時羊水に浮かび、そして地上にでてからも、水源のないところでは一日たりとも本来は生きて行けない。家から10分のところにコンビニがあり、5分のところに自販機があり、目の前のパソコンのネットショッピングでいつも容器に入った水が届けられる私達は、そんなことを忘れてしまっている。海の傍、川の傍、滝の傍に行くと体がそこは空気の密度が濃く、いいところだと自然と反応する。温泉や海、湖に浮かぶ時、人は地球と自分がつながっている事を感じ修復されて行く自分を感じる。当たり前のものが当たり前で無くなる前に、目を凝らしてみないと、耳を澄ませてみないと、息を凝らして探さないとならないものがある。大きな雑音に紛らわされずに、人の意見に影響されずに、触れて感じて事実を切り出さないとならない。
 水に流してしまってはいけないことがここにはある。

(ミヤケマイ、2015年)

制作協力

有限会社サンワ工務店、株式会社中川ケミカル、株式会社森硝子店

もどる場所があるということ
《もどる場所があるということ》 2015年  ミクスト・メディア
《もどる場所があるということ》 2015年 ミクスト・メディア

 木を見て森を見ず、森を見て木を見ず、どちらも不完全で、神は細部に宿るというが、近づかないとディテールは逃げて行く。俯瞰で見ないと全体図は見えて来ない、見るという事ほど人間にとって困難なものはない。
 見たといってそれが真実で全容であると安直に過信してしまう。
 所詮私達が見たとおもっているものは、ほんの一部であり、往々にして脳に改竄されているのだから。

(ミヤケマイ、2015年)

制作協力

有限会社小林額縁製作所、山内眞知子

おかえりなさい。
《おかえりなさい。》 2015年  ミクスト・メディア
《おかえりなさい。》 2015年 ミクスト・メディア

 大分は自然崇拝、神道、仏教、キリスト教と様々な神が色々な時間の通過を経て、層のように重なり共存しているところが日本的だ。
 それは日本の寄物陳思、八百万の神のおおらかで、どん欲で、そして本質を見極める目と心を表しているように思える。 大分の切子燈籠は現世を去った祖先や愛する人達が迷わず、家族の元に戻ってくるための道しるべとして家にお盆の期間飾られる。それはその姿は森の木と、木から作ったパルプ(紙)によって作られた巨大な依代であり、また魂の宿る森のように見える。それは生命が戻って行くところであり、魂の戻る家であり、心が戻る古里なのではないかと思う。 
 迷わず皆がどこかに帰れるようにと祈りを込めて。

(ミヤケマイ、2015年)

制作協力

川野一昭、有限会社サンワ工務、オレクトロニカ

ミヤケマイプロフィール

日本の伝統的な美術や工芸の繊細さや奥深さに独自のエスプリを加え、過去と現在、未来までをシームレスにつなげながら物事の本質を問う作品を制作。媒体を問わない表現方法を用いて骨董、工芸、現代アート、デザインなど既存のジャンルを問わずに天衣無縫に制作発表。水戸芸術館、Shanghai Duolun Museum of Modern-Art、POLA美術館、森美術館、世田谷美術館での展示及びワークショップのほか、村越画廊、壺中居、Bunkamuraギャラリーなどで個展多数。銀座メゾンエルメス、慶應大日吉キャンパス来往舎ギャラリーなど、企業や大学でもサイトスペシフィックなインスタレーションを手がける。2008年パリ国立美術大学大学院に留学。『膜迷路』(羽鳥書店/2012年)など3冊の作品集がある。