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OPAMブログ

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大分のアート立国、文化リテラシー物語  その一

寄稿 2013.05.20

 「美術館は、心の病院」。

 ドキッとする言葉だが、現代のように多くの人が困難を抱えて苦悩している時代には、意外に深く響くかもしれない。

 僕が日本で最も美しいミュージアムの一つと思う、香川県丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館の館長室に、飾ってある色紙の言葉だ。日本の風合いを加味したモダンでシャープな建築は、現代の名匠谷口吉生さんの手になる。

 大きな大階段を上っていく神々しい神殿のような建物ではなく、坂茂さんが設計を担当した大分県の新しい美術館と同じように、路面からそのままスッと友達の家に招かれるように入っていける心地よい空間だ。

 癒しとか安らぎを、現代人はまず第一に求めるといわれるようになって久しい。猪熊先生は気楽にどうかミュージアムという友達の家に立ち寄り、しばし心を落ち着けてくつろぎ、子供のころに帰って空や海、花々や木々と戯れ、存分に遊んで欲しい、そして元気いっぱいになって、また普段の生活に帰っていってほしい、そう考えていたのではないか。

 だから僕ならこう言いたい。
 「美術館は、心の遊び場」。

 東京の上野駅コンコース壁画の愛らしい動物群や、三越のバラの包装紙デザインで知られる猪熊先生は、身辺のそこここにあるさまざまな「モノたち」、いわばガラクタのようなものや、そこらの石ころにまでユーモラスな楽しさや、秘められた美しさを見いだして面白がり、人生を楽しくする達人だった。

 ミュージアムに来るのは、名画名品と出会うためだと思っている人は多いだろうし、それも確かだが、僕は学生に名画名品もそこらの雑草や樹木、そして空や海と同じだと言っている。

 野辺の無数の花々も、誰も見向きもしなければそれで終わりで、その花はむなしく独りぼっちで咲いて枯れてゆくが、道行く誰かがそっと見いだして、喜んだり楽しんだりしてやることで、その花はもう「ただの花」ではなくなって、「その人だけの、かけがえのない花」に生まれ変わる。

 花は枯れるが、誰かに「見つけてもらう」ことで永遠の命を持つということだ。
 そして永遠の命を持つのは、見られた「花=名画」ではなくて、本当は見た「自分=観客」の方なのではないだろうか。

 僕は広瀬勝貞知事と県から、新しい美術館の館長に指名されたとき、大分県の世界性を内外に示す、今までかつてどこにもなかった、大分にしかない、唯一絶対のユニークで世界的なミュージアムをスタッフ皆と必ずつくろうと決心した。
 そのために今までの人生の全経験を傾けて、死力を尽くそうと心に誓った。

 現在は準備の途上にあるわけだが、その世界一のミュージアムを真に完成させるのは、実はそこで「心の遊び」をしてくださる観客の皆さん自身なのであるということを、ぜひとも広く知っていただきたい。そのために、僕はこの連載を始めたいと思っている。 

 
新見 隆(にいみ・りゅう)
 武蔵野美術大学芸術文化学科教授
 大分県芸術文化スポーツ振興財団美術館開設担当理事

大分合同新聞 平成25年5月20日朝刊掲載